日当1万円で命の重責を背負うのか――2026年、賃上げと物価高の波に置き去りにされた裁判員制度報酬のリアル
裁判 員 制度 報酬は、市民が司法の最前線に身を投じる対価として本当に釣り合っているのか。法廷の厳かな空気の中、被告人の未来や被害者の無念、そして時に極刑の是非にまで向き合う国民に支払われる日当は、原則として1日あたり上限1万円。制度が産声をあげた2009年から、この基準額は実質的に動いていない。初任給の引き上げや継続的なインフレが定着した2026年の日本において、拘束時間や精神的な過重負担と支給額との乖離をめぐり、選任された当事者や法曹界から疑問の声が噴出している。
「判決を出して法廷を出た瞬間、どっと押し寄せたのは達成感ではなく、生活への焦りでした」。先月、都内の地方裁判所で裁判員を務め上げたウェブエンジニアの男性(39歳)は苦い表情で振り返る。審理は2週間に及び、進行中の受託案件をストップせざるを得なかった。支給された手当では、失った売上の半分も補填できない。現場の実情を顧みない現行の裁判 員 制度 報酬の枠組みは、多様な働き方が広がる現代社会において、参加者個人に重い経済的犠牲を強いる歪んだ構造を生み出している。
「1日最大1万円」の内訳と支給基準――交通費・宿泊費はどう計算されるのか
裁判員やその候補者として裁判所へ赴く際、具体的にどのような名目で金銭が支給されるのか。基本的な枠組みは最高裁判所の規程で厳格に定められている。
まず、事件の審理に加わる裁判員および補充裁判員には、裁判所での拘束時間に応じて「日当」が支払われる。1日あたり原則として上限1万円。審理が半日で終了した場合や、短時間の協議にとどまるケースでは、時間区分に応じて5,000円前後に減額される運用だ。正式に選任される前の「裁判員候補者」として選任手続に立ち会う段階では、拘束時間が短いため上限8,000円以内と設定されている。
日当とは別に、移動にかかる実費としての交通費も支給対象となる。原則は最も経済的かつ合理的とされる公共交通機関の運賃計算だ。遠方からの参加で宿泊を余儀なくされる場合には宿泊料が支払われるものの、近年の全国的なホテル代高騰に対し、支給規定の基準額が追いついていない地域もある。さらに見落とされがちなのが税務上の扱いで、この手当は非課税ではなく「雑所得」に分類される。給与所得者であっても、他の副収入と合算して年間20万円を超えれば確定申告の義務が生じるなど、受け取る側には事務的な煩雑さもつきまとう。
加速するインフレと最低賃金改定――取り残された「手当の価値」
制度設計時と現在とで、決定的に異なるのが経済環境だ。
2009年の制度開始時、東京都の最低賃金は時給766円だった。しかし、賃金上昇の機運が定着した2026年現在、都市部の最低賃金は1,100円台を大きく超えている。1日7〜8時間拘束され、集中力を極限まで要求される法廷での職務に対して1万円の手当を時給換算すれば、最低賃金の水準と大差がない、あるいは下回る日すら出てくる逆転現象が起きている。
大企業に勤務し、裁判員休暇を有給として認める社内規定が整っている会社員であれば、給与が減額されるリスクは低い。一方、パートタイム労働者、派遣社員、ギグワーカー、自営業者にとって、審理への参加は日銭を失う行為に直結する。時給で働く非正規雇用の労働者が法廷に詰めれば、普段のシフトで得られるはずの手取りを下回るケースが珍しくない。「市民の良識を司法に反映させる」という理念の裏で、経済的余裕のない層ほど参加するだけで生活が圧迫されるという、制度的な不平等が定着してしまっている。
「命を量る」精神的負荷との乖離――PTSDやメンタルケアへの対価はあるか
裁判員が直面するのは、単なる書類の精査ではない。生々しい事件の現場写真、遺族の慟哭、被告人の言い分が錯綜する証言台。これらを逃げ場のない空間で何日も見聞きし続ける。
殺人や傷害致死といった重大犯罪を扱う裁判員裁判では、証拠の凄惨さにショックを受け、不眠やフラッシュバックに悩まされる参加者が後を絶たない。最高裁は臨床心理士による電話相談窓口の設置や、判決後のメンタルヘルス面談を一定回数無料で提供するケア体制を整えてはいる。だが、審理期間中に受ける深刻な精神的ストレスそのものに対する法的な慰謝料的配慮は、日当の中に一切組み込まれていない。
重労働以上の心理的負担を負わせながら、支払われるのは定額の日当のみ。他人の刑責を判断するという国家作用の根幹を背負わせるにあたり、この金額設定はあまりに形式的すぎないか。法廷の現場を知る弁護士からも「参加者の心理的リスクに対する評価が軽すぎる」との指摘が上がり続けている。
辞退率の上昇に歯止めがかからない理由――「行けない」ではなく「行くと赤字」のリアル
制度の根幹を揺るがしているのが、裁判員候補者に選ばれながら辞退を申し出る市民の割合の高さだ。最高裁の統計を振り返っても、辞退率は近年6割から7割の高止まりを続けている。
法律上、辞退が認められる事由には、70歳以上の高齢者、学生、重い病気や育児・介護のほか、「事業に著しい支障が生じる場合」が含まれている。かつては「仕事の責任」を理由とする申し立てが目立ったが、ここ数年はより切実な「参加による生活困窮」を訴えるケースが目立つ。
「断らざるを得ないのは、法への関心がないからではなく、店を閉めれば家賃が払えなくなるからだ」。個人飲食店を営む都内の50代店主は語る。数日間の臨時休業は、顧客離れを招き、廃業の引き金になりかねない。辞退が相次いだ結果、法廷に並ぶ裁判員の属性が、有給休暇を取りやすい大企業勤務者や年金生活者に偏る傾向は是正されていない。幅広い民意を反映させるという制度の目的そのものが、不十分な報酬体系によって歪められている。
海外陪審員制度との比較で見える日本の独自性と課題
市民が司法判断に加わる海外の制度と比較すると、補償に対するアプローチの違いが浮き彫りになる。
陪審制の本場である米国では、連邦裁判所の陪審員手当が日額50ドル程度と低く抑えられている州が多いものの、一定期間を超える長期審理では増額される規定が存在する。また、雇用主に対して陪審期間中の給与支払いを法的に義務付ける州もある。
さらに手厚いのが英国だ。イングランドおよびウェールズの陪審員制度では、参加によって実際に生じた収入の損失(上限あり)を補填する「実損填補」の仕組みが導入されている。さらに、審理出席に伴う育児・介護代などの追加出費についても領収書ベースで公的補償の対象となる。対する日本は、失われた実収入の補填を行わず、一律上限1万円を支給する割り切りをとる。この「一律定額方式」が、フリーランスや中小零細の現場で働く市民へのハードルを不当に高くしている現実は否めない。
2026年の法曹界が迫られる改革――デジタル出頭と報酬見直しのロードマップ
制度疲弊への危機感を背景に、司法関係者の間でも報酬制度の抜本的なアップデートを求める議論が本格化している。
日本弁護士連合会の一部部会や法学者からは、日当の上限額を最低賃金の全国平均や物価上昇率に連動させる「スライド制」の導入案が提示されている。上限を現行の1万円から1万5,000円〜2万円程度へ引き上げることや、実質的な所得減少を証明できる個人事業主に対する実損補填枠の新設などが具体的な検討課題だ。
金銭面だけでなく、拘束時間を物理的に削るデジタル化の動きも進む。選任手続の一部をオンラインで完結させる実証実験や、証拠開示のデジタルプラットフォーム化によって裁判所へ足を運ぶ日数を圧縮する試みが一部で始まった。だが、法廷で人と人が向き合い、事実を認定する審理の本質はオンラインだけで代替できるものではない。市民に国家の重責を担わせる以上、それに見合う正当な処遇と経済的セーフティネットを提示できるかどうかが、裁判員制度の信頼をつなぎ止める最後の分岐点となっている。 (出典: 裁判 員 制度 報酬(Yahoo!ニュース))