「締め付けからの解放」か「伝統の破壊」か:2026年、原宿と京都から火がついた「ラブ じゅばん」狂騒曲の内幕
ラブ じゅばんが、街の景色を静かに、けれど決定的に塗り替えている。2026年春、京都・烏丸通の老舗街から裏原宿のセレクトショップに至るまで、着物フリークやZ世代の会話にこの名が上らない日はない。帯の下に幾重にも巻き付けられた伊達締め、息を吸うことすら躊躇われた補正パッド、夕方にはアザになる腰紐――そうした「着付けの苦痛」に終止符を打つプロダクトとして登場したそれは、ランジェリーの心地よさと和装肌着の美意識を強引なまでに融合させた。創業百余年の老舗が苦々しい顔を見せる一方で、工場の生産ラインは現在もフル稼働、予約は4ヶ月待ちだ。
先週末、浅草の裏路地にあるカフェで会った24歳のネイリストは、ヴィンテージの小紋の胸元を少し緩めて笑った。「これまでの長襦袢を着ていた頃は、夕方になると胃が痛くてカフェラテすら飲めなかった。でもラブ じゅばんを着て出かけるようになってから、着物でクラブや夜パフェに直行できる」。彼女の襟元から覗くのは、艶やかな漆黒のレースと、肌に吸い付くように沿う計算し尽くされたカッティング。機能性とフェティシズムが絶妙に同居するその一枚は、かつて儀礼や冠婚葬祭の檻に閉じ込められていた和服を、過激なまでにストリートへと引き戻している。
100年の沈黙を破る下着革命:なぜ今、若者は「紐」を捨てたのか
仕掛けたのは、元ランジェリーデザイナーと西陣の織元による異色の混成チームだ。彼らが目をつけたのは、着物離れの最大の原因でありながら誰も公然と口にしてこなかった「インナーの理不尽さ」だった。従来の肌襦袢と長襦袢の重ね着は、体型補正のために胴回りを寸胴にし、女性の自然な起伏を押しつぶすことを前提としてきた。着崩れを防ぐためとはいえ、着用者は常にコルセット以上の拘束感を強いられていたわけだ。
そこに打ち込まれた楔が、新世代の伸縮素材と立体裁断だった。紐を使わない。ホックとシームレスなスキンフィット構造だけで衣紋(えもん)が美しく抜ける。しかも動いても胸元がはだけない。息が深く吸える。トイレで帯を解く必要すらない。一度この快感を覚えた着用者が、元の木綿や正絹の紐地獄に戻れるはずがなかった。口コミはTikTokやInstagramの短尺動画で爆発的に広まり、2025年秋から2026年にかけて、和装アンダーウェア界のゲームチェンジャーとして一気に市場の主役に躍り出た。
老舗呉服界の猛反発と、現場の職人が漏らした「本音」
当然、波風は立った。京都の伝統派からは「着物の品格を貶める淫靡な下着」「邪道」との猛反発が巻き起こった。ある有力な着付教室の家元は、業界誌のインタビューで「衿の抜き方や胸元の合わせには数百年の精神性が宿っている。それを西洋のブラジャーのような発想で簡略化するなど言語道断だ」と激しい言葉で切り捨てている。
だが、机上の空論をよそに、生産現場の現実はもっと切実だ。丹後や近江で縮小の一途をたどっていた機屋(はたや)の中には、この新素材の織作を一手に引き受け、息を吹き返した工場が少なくない。ある機元の代表は、工場の織機が快音を立てる中でこう吐露した。「そりゃあ、最初は驚きましたよ。こんな薄くて伸びる生地、襦袢じゃないと。でもね、職人に給料を払い、次の世代に技術を繋ぐのは、伝統の誇りじゃなくて動いている伝票です。何より、若い子がうちの生地を喜んで着てくれている。これ以上の正義がありますか」。
2026年ストリートを席巻する「見せる襦袢」という新美学
現象の面白さは、単なるインナーの利便性にとどまらない。いま街頭で見られる最大のトレンドは、襦袢を「隠すもの」から「魅せる主役」へと反転させた着こなしだ。
透け感のあるオーガンジーの羽織に、コントラストの効いたインナーを透けさせる。衿元をわざと広めに開け、デコルテのレースをアクセサリー感覚でアピールする。原宿のヴィンテージショップ店主は「これは90年代のキャミソールブームの和装版だ」と指摘する。洋服と和服の境界線が完全に溶け出し、スニーカーやレザーブーツに合わせる日常着として再解釈されているのだ。着物のルールという見えない足枷を笑い飛ばすかのような自由さが、10代から30代の心を鷲掴みにしている。
海外バイヤーが殺到:パリコレのバックステージで見せた想定外の反響
余波は海を越えた。今年初頭の欧州ファッションウィーク期間中、ある新進気鋭のデザイナーがバックステージでモデルのフィッティングにこれを使用したことから、海外のスタイリストたちの間で「キモノ・コルセットの進化版」として瞬く間に噂が拡散した。
「着物の構造を知らなくても、着るだけで身体のラインを美しく補正し、エキゾチックな襟元を作れる」。米国の高級百貨店のバイヤーはすでに大口の発注を済ませたという。かつてオリエンタリズムとして消費された着物が、現代のエルゴノミクス(人間工学)とセクシーさを兼ね備えた「グローバルなファンデーションウェア」として再評価されている。国内限定のニッチな流行にとどまらず、インバウンドの旅行客が銀座のポップアップストアに列を作る光景も日常化した。
機能性と色気の交差点:開発陣が執念を燃やした「3ミリの衿芯」
ヒットの裏には、狂気じみた技術的ディテールがある。どれほど楽でも、衿のラインが崩れてしまえば和装としての矜持は保てない。開発陣が最も時間を費やしたのは、洗濯機で丸洗いしても折れず、首筋の曲線に吸い付く「3ミリの極薄バイオ衿芯」の開発だった。
皮膚呼吸を妨げない通気性。夏場の猛暑でも汗ジミを作らない接触冷感糸の編み込み。さらに、バストを無理に潰さず、それでいて帯の上に胸が乗らないよう分散させる立体成形。着用テストは延べ500人以上に及び、微小なミリ単位の修正が何十回と繰り返された。「楽だから着るのではない。着た姿が誰よりも美しいから着るのだ」。プロダクトマネージャーのその言葉通り、妥協なき機能美が熱狂を支えている。
日常着への回帰か、一過性のブームか:数字が語る未来予測
市場調査会社のアナリストは、このトレンドを「単なるバズではなく、和装産業の構造転換」と分析する。矢野経済研究所の類似データを見ても、カジュアル着物市場におけるインナーウェアの売上比率は前年比で急激な伸びを示している。旧来のフルセット(着物、帯、長襦袢、小物一式)で数十万〜数百万円というビジネスモデルが崩壊する一方で、アンダーウェアを基点にパーツ単位で楽しむ新しい消費形態が定着しつつある。
ルールに縛られ、窮屈さに耐え、特別な日だけしか袖を通さなかった時代は終わった。下着が変われば、着心地が変わる。着心地が変われば、街に出る頻度が増える。極めてシンプルな生理的欲求に根ざしたこの変革は、和服を「保存されるべき文化財」から「生きて呼吸する衣服」へと解放しつつある。伝統とは守り固めるものではなく、心地よく上書きしていくものだという事実を、背筋の伸びた軽やかな足取りが証明している。 (出典: ラブ じゅばん(Yahoo!ニュース))